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読書メモ:富士山にすめなかった蝶たち

旧Ganesha's monologue(by P_BLOG)より移転転記。(2009-12-13)

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  • 富士山にすめなかった蝶たち
  • 清邦彦著
  • 築地書館
  • 1988年9月1日初版発行

また、20年前の本かよ、と思いつつご紹介。

本書は富士山およびその周辺地域におけるアマチュア研究家による調査・研究の産物だ。「アマチュア研究家でもここまでできるのか」というのが本書を読んだ素直な感想だった。

本書のタイトルになった「富士山にすめなかった蝶たち」という章も面白かったが、どちらかというと、個人的には「川原は蝶のふるさと」という章の方が面白かった。その章では、草原性蝶類の分布の変遷についてP.98〜P.103に「草原の蝶のたどった道」としてまとめられているのだが、その結論に至る著者の思考過程・調査過程が追体験的に記述されていて非常に興味深かったのだ。

火山ではない御坂山地や甲府盆地の周りでは草原の蝶たちはどんな所にすんでいるのか。 〜中略〜 まとめて言えば、くずれてきた土砂、谷川の運んできた土砂が堆積した所である。川の周辺というものが少し気になってきた。
ギンイチモンジセセリの生息環境を整理してみると、 〜中略〜 (3)の川原だけは自然の力だけで形成・維持されているもので、しかもそれは過去には今よりもはるかに広い面積を占めていたはずだ。御坂山地の調査で気になった山間部の河川周辺の草原性蝶類の生息地とともに、平野部の川原というのも自然草原としてもっと高く評価してもよいと考えた。
暖帯に自然の力でできる草原は川原、湿原、海岸、火山といったところである。このなかでいちばん広い面積を占めていたと考えられるのはやはり川原だろう。転移荒原とされるほど不安定なのが気になるが、そう言い切ってよいのだろうか。とにかく調べてみる必要がありそうだ。

「川原」の重要性に着目した著者は、「川原」の環境をさらに細分化して調査・研究を進めていく。

私は川原を三つに分け、それらを低位面、中位面、高位面と名づけてみた。

ところが、この分類だけでは説明できない現象があった。川の傾き(勾配)によって「礫質の川原」と「泥質の川原」が存在するのだ。

川原を礫質と泥質に、そして低・中・高位面に分けただけでも六種類の環境ができる。実際には川の大小などさまざまな条件のちがいでじつに多様な非森林的環境=草原が存在する。ひとまとめに転移荒原としてかたづけられるものではない。
まだ耕作地や堤防というものがなかった時代には川は洪水のたびに流れを変え、このような環境が平野全体に見られたはずだ。 〜中略〜 河川周辺というのは日本での草原の蝶のふるさとみたいな所であって、ときには、つまり火山活動が休止しているような時期には、火山山麓よりも重要な位置を占めていたのではないだろうか。

川原の調査が一段落した著者は次に海岸に着目し、調査を開始する。本来の川原の環境は大部分が不安定な破壊自然草原であるから、人為破壊草原とはいっても遅延草原的な性格を持つ「堤防上のシバ型草地」に生息し、移動性にも乏しいヤマトシジミ、シルビアシジミなどの出自を「川原」に求めるのが困難だったからだ。

そこには青い小さなヤマトシジミがいっぱい飛んでいた。 〜中略〜 やはりヤマトシジミは海岸の蝶だったのか。
青い小さな蝶を見るたびに捕虫網に入れてみた。ヤマトシジミばかりだったが、ようやく一ぴきだけシルビアシジミを採集することができた。一ぴきだけで満足だった。頭の中だけでなく体験的にもシルビアシジミは海岸の蝶だと認識をもてたのだから。

このように、著者の思考過程と調査過程が追体験的に記述されているので、自然に「調査・研究とはこのように進めるのか」というものがよく解る。同時に、このBlogで昨秋から続けているアカボシゴマダラの越冬幼虫の観察記録が、いかに幼稚であるか(まるで子どもの観察日記)という点も考えさせられた。それにしても、地味で根気の要る調査を長年にわたって続けてこられた著者には本当に頭が下がる。

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